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My Choice Vol : 10 走りながら”次”を考える大学生活をフルインタビュー!!

皆さんこんにちは。
パインスにて日本の受付窓口を担当している日暮(ヒグラシ)です!
留学後の学生の軌跡を追うこの企画の第11 弾。
ご協力頂いたのは、2015 年にパインスの上級キャンパスを卒業した宇野君です。
高校から一貫した考えを持っており、その考えの末行きついた答えが、パインス留学だったそうです。
フィリピン留学後も立ち止まらず、常に走り続けている彼の次なる決断に迫りました。
【宇野さんの留学内容】
最初のレベル:7 (アドバンス,上級レベル)
最終的なレベル:10 (パインスの最高峰レベル)
滞在期間:6 カ月
留学期間:2015/10/10~2016/03/19
コース:Intensive ESL

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【高校で受けた刺激 – 大学生活での自分試し】

M:そもそも、数ある学校の中でなぜパインスにしたんですか?
U : 元々、語学力向上のためアイルランドに留学していたのですが、途中で環境も合わなかったせいか、季節風鬱みたいなのにかかってしまったんです。そこで、このままでは英語力があげられないなと思った自分は、留学先を途中で変更し、そこでフィリピンのスパルタ学校で有名なパインスに巡り会えました。


M : スパルタな環境が良かったんですね^^ それならパインスはいい環境です。
U : はい。僕の場合は、とにかく英語に触れる機会をたくさん持つことが大事だったんです。遊んでいる暇がないぐらい、自分に厳しい環境を選びたかったんです。パインスでの留学は今でも自分にとって大きな糧になっています。正直、ネイティブの国の語学学校は費用が高いわりに授業数も少なかったんですよ。1日午前のみの3 時間で、クラスは基本的に15 人くらい学生がいるので、英語を話す機会も限られていました。フィリピンだと1 日8 時間マンツーマンや、3 人のグループクラスで構成されていると聞いていたので、自分にはその環境がベストだと思いました。

M : 現地でお会いした時もそうでしたが、凄くストイックに学習されていましたよね^^でも、なんでそんなに英語学習をしたかったんですか?
U : きっかけは高校の時まで遡るんですが、、高校の時の英語の先生にとても大きな影響や刺激を受けました。
高校までは、学校の体育会系の部活に所属していて、日々部活に燃えてました。でも、高校二年生の夏頃に、“ジストニア”という手の難病に実はかかってしまったんです。手の力がどんどんぬけて、あげくのはてにはものを持てなくなるまで症状が進みました。今はある程度まで回復して、でも手で字を書いたり、細かい作業をすることに困難を覚えています。なんか重い話になってすいません 笑
でも、これがきっかけなんです。
そこで、部活もやめなければならなくなり、精神的に参ってました。そんな時、担任だった英語の先生が毎回自分を訪れてくれたんですよ。“学校にこい”とは一切言わず、先生が学生の時にバイクで世界を回ってきたことの話を聞いて、なにかとてもワクワクしていた自分を覚えています。そこから、動き出したんです。
今思えば、部活と学校というコミュニティの中の狭い世界から抜け出して、もっと広い世界に出て見たかったんだと思います。そのときの唯一の世界を感じる方法が、先生が教えてくれた“英語”だったんです。

M : それで、高校から英語の勉学に励んでいたわけですね。
大学では、既にペラペラだったんですか?
U : これが違うんですよ笑 大学の時は全く話せていなくて、とにかく身振り手振りで話していました。自分は、知らない人に話しかけることや、人の前で話したりすることにあまり抵抗を感じなかったので、英語でも積極的に大学に来ていた留学生たちとコミュニケーションを取っていました。
常に英語に触れるように心がけて、語彙力も気づいたら上がっていましたね^^

M : なんか、一貫してるよね。高校生から大学まで英語学習を続けている所は、ぶれていない。
U : 自分の中では一貫した考えをもって生活したいと思っているんですよね。たとえて言うなら自転車みたいなもので、自転車は止まってしまっては倒れる。でも走り続けていれば倒れずに進み続ける。
止まらない人生を歩んでいきたくって留学前後も多忙でした笑


【留学前後の多忙な生活 – 将来の恩師との出会い】

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M : 留学前(アイルランド前)には何をしていたのですか?
U:留学前は、アメリカに行きました。国際交流基金のKakehashiプロジェクトというもので、フロリダやロサンゼルス、ポートランドの学校や企業でプレゼンテーションをするものです。

M : 大変だったんじゃないですか?笑 そういうのって、質を求められるし、準備も選考も大変なイメージだけど。。
U : すごい大変でしたが実り多かったです。もう無茶ぶりばかりで色々な事をやらされましたが、同じグループにいた方が僕の2 人目の恩師でした。
なんでも恐れずに挑戦し続ける先輩の背中が本当にかっこよかったんです。
彼のような人間になるにはどうしたら良いんだろうって考えて、とにかく様々な事にチャレンジしました。そこで自分に満足できなくて、その後留学に行く流れにつながります。

M : 高校の時の英語の先生や、アメリカの時の出会い。その時その時の出会いを大事にしているんですね。そして、本当に止まっていない。
U : 好奇心は常にありました!特に、自分にはない人の価値観に触れることは楽しかったです。最初はパインスとは異なる、フィリピンのクラークにある小さな語学学校に少しの期間留学したんですが、そこではほぼすべての学生が“世界でなにをやっていきたいか”を明確にしてる方が多く、本当に刺激になりました。そこでも、自分の人生の恩師だなと思う方と出会ったのですが、“自分の幸せを追い求めてることの重要性”を教えてくださいました。
こういった出会いのおかげで、行動はどんどん加速していきました!

M : 時系列的に行くと、アメリカ→フィリピン(クラーク)→アイルランド→フィリピン(バギオ)まで来ましたね。フィリピン留学の後は何に挑戦したんですか?
U : ベトナムのビジネスコンテストに参加しました。幸運にも自分たちの考えた案が採用になり、参加者の中から最優秀賞を頂く事が出来たんです。
やっと何か目に見える結果を残せて、少し自信になりました。その自信を基に、今度はONE PROJECT という無料留学奨学金に応募しました。

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ONE PROJECT は4 つ程の選考を経て合格したのですが、具体的に何をしたかというと、ウェブ運営をサポートしながら現地で英語学習が出来るというものです。
これを利用して僕はマルタに行きました。マルタは小さな国で40 万人ぐらいしか人がいませんが、本当に多国籍な環境があって、ヨーロッパの人やアジアの人と触れ合える機会が多かったです。そでは遊ぶことも大切にしていました。海外では、”遊び”の中にも”学び”があると思っています。なぜかと言うと、遊びだからこそ、仲良くなれるし、仲良くなれるからこそ、彼らの素顔を見せてくれるようになるからです。異なった国籍の人と触れ会う事で自分の固まってしまった価値観が新しくなっていく感じや、物事に対する疑問がより深い視点で考えられるようになっていくのがすごく面白かったんです。また、One Project を運営されている代表や従業員の方には留学だけでなく、キャリアや英語学習のサポートなど、あらゆる面でサポートしてくれました。
そこで疑問に思ったことや自分の考えを代表が直々に面談をしてくださったりして、自分の大きな成長にもつながりましたね。

M : 23 歳でかなりの境地に達していますね笑 疑問が深くなっていく事、何かあったんですか?
U : はい。マルタにいる間に実はオランダ、チェコ、スイス、ドイツに行った時です。
チェコに行った時に電車に乗る予定だったんですが、間に合うかギリギリだったので、走って行ったんですね。すると、駅のブザー後にすぐに電車の扉が閉まったんです。日本だと、すぐには閉まりませんよね。なんでこの国ではこんなに早く閉まるんだろうって疑問に思いました。危ないし。。
だから、思い切って駅員さんに聞いてみたんですが、彼は日本の方が危ないと言ったんです。早く閉まらないから多くの人が駆け込み乗車をすると。だから、こちらの方が危なくないじゃないかっていったんです。びっくりしました。当たり前と思っていた事がどんどん疑問に変わっていくんです。
最近では、結婚すら本当に必要なのかと思うときがありますよ笑

M : だいぶ尖ってるね笑


【就活 – トビタテジャパン応募の時期 揺れる最終決断】

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M : そうこうしているうちに就活?
U : はい。就職活動していました。実は、まだ自分を鍛えたいという思いがあって、トビタテジャパンにも応募していました。この時に一番悩みました。
今のご時世就職は後からでもできる、でもトビタテジャパンは一度きり。
どちらを選択するのが自分に最もいいのか、本当に悩んでいる時期でした。

M : 僕にもわざわざ連絡くれましたもんね!トビタテは確かに夢があるし、今国もかなり力を入れているプロジェクトですからね。
U : はい。そうなんです。でも最終的な決断をするうえで大切にしたのは、自分に”今”足りないものはなんなのか。今までいろいろな事に応募して、挑戦してきました。トビタテも同じですね。新しい挑戦をしたくて、それで応募しました。でも、トビタテだと、本質的にはずっと”学生”のままだと思ったんですよね。学生気分が拭い去れないという感覚です。もちろん、周りは留学に行った方が良いって言ってくれましたが、今自分に足りない事は、”責任”だと思いました。自分は今までなんの責任も持たずに、自分のやりたいことだけを常にやってきました。これだと責任がない分、やっぱりどこか中途半端になるんですよ。このままだと成長できないと素直に思いました。もちろん、やりたいことをやることが一番いいですけど、責任をもってやりたいことをしたら、もっと新しい世界がみえるんだろうなっていう好奇心もあったんです。だから僕は最終的に就職する事に決めました。
僕は今後、グローバル人材の採用などに関わるのですが、官民共同になって行うとても大きなプロジェクトになります。そこに関わる、国と一緒にやっていくという意味では大いなる責任をなすと思うんです。それを成し遂げるために、走り続けたいです。

M : ありがとうございます。最後に、これから留学する人にメッセージをお願いします!
U : 僕はまだまだ若輩者なので、浅くなってしまうかもしれませんが。人生は決断の分だけ成長するというのを伝えたいです。留学ってお金もかかるし長い期間日本にいないんですけど、留学に行く最終決断をするのは自分自身だと思うんですね。僕は、その”決断”を大事にしてほしいと思います。自分で決断をしてほしいし、自分自身で決断する事に大いなる意味があると思います。周りに流されないで、深く考えて自分の決断をしてほしいと思います。



パインスで学習していた時から、何かやってくれる雰囲気を持っていた彼。
最終的には大手コンサルティング会社に就職する道を選び、滋賀から上京してきた覚悟のある人だ。
自身の過去を打ち破り、新しい自分を知るために大学生活の大半を”外の世界”に費やした彼の今後の人材業界での活躍が楽しみである。
彼が最後にまとめてくれた”決断”は誰しも出来るものではないが、決断の数だけ自分の成長があるはずだ。
留学に行く決断をすることも大事。逆説的には、留学に”行かない”選択をするのもまた自分である。
一度、人生を踏みとどまって考えてみても良いんではないでしょうか?
自転車が倒れてしまったら、また建て直せばいいんです。
MUSASHI